きままにくろねこ

文学・芸術・グルメを愛する20代女子ののんびりライフ

渡る世間が猫ばかりになってほしい。

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そうしたら毎日ニコニコしてニコニコと生活できそうなのに!

 

 

猫はかわいい。

先日沖縄へ旅行に行ったとき、斎場御嶽を訪ねました。

 

あわせてどうぞ♪

www.kimama-kuroneko.com

 

そのときに4匹くらいの猫様が沢山いました。

正確には斎場御嶽へ向かう道中なのですが、連続で何匹もの猫が。

 

ハチワレちゃんと、

 

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ずっと一緒にいるシャムっぽいカラーリングの子と黒猫さんと、

 

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白い靴下がかわいいスノーシューっぽい子。

 

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とてもカワイイくつしたも激写。

 

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どの子も耳がカットされていたので増えないように対処されてる野良っぽい。

みんな触っても逃げなくて、写真を撮らせてくれました。

その節はありがとうございました。

 

それにしても、沖縄の野良猫さんの耳カット随分と大胆ですこしヒュンってなりました。

半分くらい・・・大胆に・・・

私の住んでるところの野良猫さんたちは耳の本当に先端を少しカットするだけなので、そこまで痛々しく思わないのですが。

しかし沢山増えてしまって、飢えてしまったり保健所に連れ込まれる子が出る心配がないのなら安心ですね。

理想は野良の子がいなくなって、保健所で生涯を終える猫さんもいなくなることなのでしょうが、現実問題ではとてもむずかしいんですよね・・・そう思うとなんとも言えませんが、しょぼしょぼとした気持ちになります。

 

渡る世間が猫ばかりになってほしい。

これは野良猫ばかりになってほしいというわけではなく。

 

例えば会社の社長が猫だったり、

上司が猫だったり、

同僚も猫だったらいい。

 

あおり運転しちゃうようなうっかりさんも猫だったら許せるし、

なんならお行儀の悪い車もぜんぶ猫だと思えばフフッてなります。

 

テレビのコメディアンが猫だったらめっちゃテレビ見るし、

猫がひたすらにゃーにゃー言ってるだけのラジオとかあったら毎日聞きます。

 

猫ちゃんがご飯を食べるときの咀嚼音動画とかあったら耳が幸せですね。

 

猫の尻に敷かれたい。

 

猫がイケメンホストを務める世界だったら何百万円でも貢ぎまくりますちゃおちゅーる。

猫のご機嫌を取るためにへこへこお辞儀して暮らす生活ならちょっと悪く無いかも。

 

つまるところ、猫煩悩。

むかし、我が家にもいたんです。黒い猫ちゃんが。

 

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名前は五右衛門。渋い名前がチャームポイント。みんなゴエちゃんって呼ぶけどね。

 

私が14歳の時に18年のニャン生に幕引き、大往生をしたのですが、

にゃんとも可愛すぎる子でした。

ゴエちゃんがきっかけで大の猫好き、とりわけ黒い子が大好きです。

 

でも少し後悔があって。

好き好きって言ってたくせに、思い返してみれば私は薄情なニンゲンでした。

 

田舎住まいで且つ、車通りも少ないし、なによりゴエちゃんがとっても賢い子だったので家の中のケージと外の世界を自由に行き来できるようにしてありました。

というのも、ゴエちゃんを引き取ってからお母さんが重度のぜんそくと猫アレルギーを持っていることが発覚したみたいで、

でも絶対にすてるような真似はしないって誓ったらしくて、

苦肉の策で半外飼い。それがあの子にとって良いことだったのか、寂しいことだったのかニンゲンにはわかりません。

 

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ゴエちゃん約4歳の時に私が生まれて、

私も早々に猫アレルギーと小児ぜんそく持ちだということがわかりました。

だから小学生になるころまでは、

あんまり長いこと近くにいすぎちゃ駄目よ、あんたが病院送りだから、と言われていましたね。

 

中学生にもなったら、結構ぜんそくも落ち着いたので一緒に遊べるようになりました。

でも、たぶん私は冷たかった。

 

中学校から帰宅して、一階でにゃーにゃーと話しかけてくれるゴエちゃんに、ご飯だけ出して少し撫でて、すぐに自室に行くような日々を過ごしてしまいました。

部活から帰ってきた時なんか、ご飯も出さずに自室に行ってしまうこともありました。

 

ゴエちゃんの方がおなかすいてるのに、

それに家族なのにね。

 

「いつまでも一緒に過ごせると思っていた」

きっとそう思っていたから、今日一緒に遊べなくても明日遊べばいいやって思ってた。

 

そうしている内に、中学2年生の2月、

まだ皆寝ている早朝にひときわ大きな声でにゃあにゃあと泣いてから、

ある日突然いなくなりました。

お母さんが教えてくれました。

「四時くらいにすごい大きな声で鳴いてて、でも私、ぼんやり寝てて、(起きたらご飯あげにいこう)って思って無視してしまった。それで、もう6時にはいなかった」

 

一週間。地獄の一週間。

どれだけ探しても、近所の人に手伝って貰っても見つかりませんでした。

ばかなのでいっちょまえに泣きました。

 

2月20日に、お母さんがわらにもすがる気持ちで市役所に電話しました。

そうしたら、「ちょうど昨日その近所で亡くなった黒猫を引き取って火葬しました」と。

ゴエちゃんだ。

家の前に大きな道路が走っています。

その向こうへは絶対に行かなかったゴエちゃんが、その道路を渡った向こうのおうちの庭でなくなっていたそうだ。

 

その家の人いわく、苦しんだ様子、暴れたりたたかれたりした様子はなくて、口元にすこし血がついていたけど寝るようにしていた、と。

それを聞いてすこし救われたような気持ちになりましたが、でもやっぱり後悔ばかり。

 

今でも優しく出来なかった自分を責めてしまう。

あーーーーもう一回会いたいな。

 

そんな感じの思い出話。辛気くさくてごめんね。

 

エンエン号泣しながらこの記事書いてたら家族に慰められるという。

「いやいやあんた言うほど冷たくなかったし子供の時なんてそんなもんだし、あ、そういえばあんたが作ったゴエちゃんのフォトブックのこと覚えてる?」

 

そんなんあったっけ、記憶の彼方覚えていない。なにそれあったっけ?

と本気の記憶喪失。

 

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あーーー作った!!!覚えている!!!!

なつかしい・・・かわいい・・・

 

悲しい後悔ばかりに押し込められててずっと忘れていました。

そっかあ・・・そっかぁ・・・そうだった。

 

中学2年生から20歳の今日まで続いた後悔と自責からすこし立ち直れそうです。

でも本当にごめんねって気持ち。

昨日よりは前向きに生きられそうです(自己完結)

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保護猫活動に携わりたい。

ずっと一緒に生活するのはそういった後悔や、そもそも自分の健康面でまだ少し怖い部分もあります。

でも、いつかは保護猫活動に携わりたいと思います。

 

今副業でやっているウェブライティングのお仕事が安定してきて、本業にできそうだったら。

本業として安定したら、その次はずっと長年の夢だったイラストレーターとしても活躍したい。

そうしたら、実際の保護の現場や譲渡会のお手伝い、あとは啓蒙ポスターや譲渡会の宣伝ポスターとか!

そういう風にお手伝いしたいなって思います。

 

そのために私はビッグになりますよなってみせますとも。

 

そんなかんじ。

 

なんか途中かなしい話をしてしまいましたが語らずにはいられなかった。

今回の沖縄旅行がきっかけで色々と考えることができました。

 

読んでくれてありがとう。

 

それじゃ!